‐序文
ヒナワタ及び人形劇団ヒナワタが使用する諸単語及び人形劇論は、劇団内での人形劇史研究の末に新たに定義が成されている。そのため使用の際に外部との齟齬があってはならないという想いから、ココに事典という体裁に則って順次紹介(時に改訂)していくことにした。
●ク
傀儡子(クグツ(シ))
主に狩猟採集関連の仕事につきながら人形劇等の芸能そして徐々に性的サービスまでも観客に提供していった不明瞭性の高い集団であり、少なくとも平安時代には実在していた。その出自については多数の仮説(離散者・国外からの移住者・心身に病を抱える者等)が唱えられてきたが、いまだ決定的なものはない。一方ヒナワタでは出自仮説群にて想定されている人々を比較し合い、他者とのコミュニケーションを避ける+ストレスを抱えているという共通点を見出しその結果として人形劇を選んだと考えた。つまりコミュニケーションにおける潤滑油としての人形劇(外的ストレス・ケア)+己のストレスを下げるためのフィジェット・トイとしての人形劇≒フィジェット・パペトリーとしての側面(内的ストレス・ケア)を見出した。ヒナワタでは以上の2点を団体の支柱として、広義的なストレス・ケア・ツールとしての人形劇を制作している。[2025.11.17更新]
●ソ
操演(ソウエン)
操演者が自覚の有無関係なく物体及び非物体を自己の身心の延長線上に位置させ、対象を文字通り人形(人の形(心身を構成するパーツ群)を成すモノ)化させる行為の総称。そもそも人間は演技という手法を用いて絶対的な役≒他者になることはできない、詳細に言えば役者(操演者)はどこまでも自身の身体が備える感覚とそこで培った経験のみによってしか演技つまり他者を構築することはできない(他者という人形を創り動かしているのはあくまでも自分自身でしかなくソレを克服することは現時点で科学的にも不可能である)という演技論より発生。またヒナワタにおける操演は実際に操演者が動かすことに重要性を置いておらず、精神内にて物体または非物体を自身の身心の延長線上に位置させることで問題なく人形化すると考える。[2024.12.12更新]
操演者(ソウエンシャ)
操演行為を行う者の総称。ヒナワタではストレス・ケア・ツールとしての人形劇を制作する観点から観客もまた操演者となる、つまりヒナワタにおいては絶対的な観客は存在しないことを示している。ちなみにヒナワタに参加しなくとも交流アプリは勿論のことインターネットやゲームに読書などの娯楽そして食事や育児などの日常行為までもが操演行為にあたるため、ほとんどの人は元来操演者と言える。[2025.11.17更新]
●ニ
人形(ニンギョウ.ヒトガタ)
ヒナワタでは呼び名を統一的に解釈、人を人たらしめる身心(=人の形を成すパーツ群))の一部と成る(を模した)モノ(だから〝人形〟)と捉え示す単語として使用する。例え対象が人型でなくとも更には非物体であっても、操演者が自身の身心の延長線上に位置する存在(同一的存在)と無自覚でも認識することで人の形を成す物つまり人形となると解釈する。[2025.11.17更新]
人形劇(ニンギョウゲキ)
操演が実施される空間の総称。その中は人形の特性(対象物の小型化・稚拙化≒幼児化)から操演者・観客の関係性が穏和で温厚なものになりやすい(ストレスをケアする空間が作れる)が、一方で人形(にされた存在)を容易く消費・コントロールしやすい空間・関係性を構築する基盤となることもあるため実施(特に応用)には十分に注意すべきと考える。[2025.11.17更新]
●ヒ
ヒイナ舞わし(ヒイナマワシ)
ヒイナ舞わしは〝放下〟=天平年間(七二九‐七四九年)に海外から渡来したとされる今で言うところのジャグリング芸を主に扱う曲芸師たちによって上演されていたとされる人形劇であり、演劇学研究者の角田一郎によってジャグリングの曲芸師が上演するという観点から手で持ち続ける形式ではなく放れている時間の方が長い=糸操り人形劇つまりマリオネットだったのではないか?という仮説が提示されている。ヒナワタではジャグリングの演者が道具をよく触ること+ヒイナ舞わしにおける糸操り人形劇の起源が穢れ・ストレスを衣服へと移行(拡張)し水に流した結果生まれた和豆良比能宇斯能神/煩神の神話の再現であるという仮説から、放下によるセルフ・ケア人形劇=フィジェット・パペトリーであると同時に観客の穢れ・ストレスを吸収し希釈する・溶かすという意味合いがあったのではないか?と考えた。また民俗学者の折口信夫はよく似た名称を持つ〝ひひな廻し〟という移動型人形劇を報告しており、観客の穢れを吸収するための儀礼として機能していたと論じている。[2025.11.17]
ヒナワタ
本人形劇団の名称、及び所属する全劇団員のアーティスト・ネーム。実はしっかりとした由来があるのだが、周囲が聞いて見て勝手にイメージする内容を邪魔しないよう劇団員以外には明らかにしていない。ヒントとしては
【ヒナ】が小さいモノ.幼いモノ.未熟なモノ.着物を着た人形.鳥類の幼体.全ての始まり.とてつもなく脆いモノを指す単語であり、一方の【ワタ】は人形の中身.柔らかい繊維の総称.形の定まらないモノ.形を定めるモノ.とてつもなく脆いモノを示している単語であるということ。そして、折口信夫のとある論文。[2024.12.12更新]
●フ
プロトコル
定められたシステムが変容しないよう管理するための手順を指す単語。大方の参加型アートや演劇ではプロジェクトという単語が使用される傾向にあるが、ヒナワタの人形劇は何十年何百年と経っても上演され続ける(ストレス・ケア・ツールとして定着する)ことを想定しているため保護の観点からプロトコルという単語を使用する。[2024.12.12更新]
●ヤ
山猫まわし(ヤマネコマワシ)
基本的にはこども相手に人形劇を行う人々を指す、江戸時代の職業名。特徴は演目群のトリ、それまで人型の人形を操演して一般的な人形劇(舞台内で完結する演目)を上演していたのに対し突如毛皮で縫われた小型の四足動物型人形だけが登場する。そして「ヤンマンネツコにカンマンショ」等々言いながら、その人形を操りながら観客のこども達を追いかけまわすのだ。この小型動物人形を山猫と呼び、それで観客を追いかけまわすことから演目名は山猫まわしと呼ばれていたと考えられる。そしてとても単純な構成の演目だが、これがどうも大人気だったことは職業名にまで発展していることからも明らかだろう。ヒナワタでは典型的なストレス・ケア・ツール、特にコミュニケーション・ケア・ツールとしての人形劇と捉えている。また2世瀬川如皐(宝暦7(1757)年‐天保4(1833)年)著『只今御笑草』によれば、山猫まわしの本名は〝傀儡師〟であったとされる。[2024.12.12更新]
●ワ
和豆良比能宇斯能神/煩神(ワヅラヒノウシノカミ/ワヅラヒノカミ)
『古事記』並びに『日本書記』にて登場する神の名前、死後の世界≒黄泉の国へと足を踏み入れたことで穢れを負った男神イザナキが水辺で心身を清めていた(≒禊)ところ脱ぎ棄てた/流された衣服から生まれたとされる。ヒナワタではそもそもイザナキが黄泉の国へと足を踏み入れた理由=亡くなったパートナーの女神イザナミを連れ戻すため、つまり精神に多大なるストレスを浴びた結果としての黄泉の国への出立そして穢れを帯びたという筋書きに着目。精神に多大なるストレスを浴びること/現象+ストレスに耐えられなくなり異常な行動・精神状態へと陥ること(=マジョリティからマイノリティへの移行)が穢れであるという当時の認識が透けて見えてくるのではないか、そしてその解消として衣服を水に流すことで人形劇を上演(自身のストレス=穢れを衣服に移行することで人形化)するというストレス・ケア・ツールとしての側面を見出した。つまり和豆良比能宇斯能神/煩神の模写こそ日本の最古級の人形劇模写であり、和豆良比能宇斯能神/煩神こそが人形劇の神と言えるのではないかと考える。それは日本における人形劇の歴史が傀儡子以前にもストレス・ケア・ツールとしての側面を持っていたことを表し、その文化的本意性の強度を見出してくれた。加えて水に流される衣服(=ユラユラと揺れる人形)という風景を再現するため、放下による人形劇は〝ヒイナ舞わし〟が糸操りだった(風に揺れてしまう・安定しないという特性を利用)と推測するに至る。そしてこの穢れを負った衣服を水に流すという行為/人形劇が後に人形を水に流す儀礼へと発展、最終的には水に流されることもなくなり雛祭へと成ったという民俗学者は折口信夫の説へと接続した。[2025.11.17更新]