『ヒイナ:プロトコル』
(急な坂スタジオ、2025.12.3‐14)
急な坂スタジオは『ヒナワタ・ショールーム』の1作品として初演。
『ヒイナ:プロトコル』は劇場・稽古場に不安やストレスを感じる利用者の心のセルフ・ケアをサポートすべく無料貸出しされる木製人形〝ヒイナ〟を主軸とした、人形劇型セルフ・ケア・プロトコル=〝フィジェット・パペトリー〟です。
フィジェット・パペトリーとは接触・目視を通じて集中の増加やストレス・不安のケアを目的に配布される玩具〝フィジェット・トイ〟の人形劇版として、ヒナワタにて考案された形式を指します。元来人形劇がフィジェット・トイつまり接触による精神安定を補助するツール/プロトコルとして活用されていたという歴史解釈に則り、その役割に加えて現代において芸能と福祉両方の狭間に立つ存在として広域な活用/活動を可能化させることを目的に昇華されました。
そしてまさに初号機となった本作『ヒイナ:プロトコル』では磨き上げられたヒイナの感触+利用者が自ら結びつけた紐の感触(こちらはお持ち帰りOK)を通して心の安定化をサポートしつつ、将来的にはヒイナ自体が緊急時に利用者をスタッフが発見しやすくする(適切で素早い対応が可能となる)ためのフラッグとしても機能することを目指します。
〇特に不安な気持ち・ストレスが気になる方には、以下の活用方法をオススメしています↓
1)息を我慢しながら、ヒイナを 5秒間ギュッとにぎりこみましょう。
2)息をゆっくり吐きながら拳の力を抜いて、解けていく筋肉を5秒間感じてみましょう。
→呼吸を整えてから以上を 2〜3回くりかえしたら、もう片方の手でもやってみましょう。
少しでもヒイナを通して、皆さんの心が安らかになりますように。

《イントロダクション》
不安な気持ち、ストレスに苛まれている時、私たちは何かを手に握っていたくなるのです。
小さい何か、手に収まるサイズの何かを。
しかし確固たる存在を放つ、揺るぎない何かを。
ソレは立派なケア・ツールであり、セルフ・ケアを支えてくれるサポーターでもありました。
とてもとても大切な自分自身を支える一本の杖でもあり、自分自身の背骨の延長線上に立ってくれるのです。
まさに、一心同体でした。
ソレがあれば苦手な電車や劇場の中でも、舞台の稽古もなんとか耐えきることができるかもしれない。
できなくても、心の安定化を支えてくれるかもしれない。
ヒナワタのメンバーの中にも幼い頃から今の今まで、ソレを持ち続けている人たちがいます。
大体が硬く、そして滑らかな表面を持っていました。
でも突然のトラブルによって家に忘れて来てしまうこともありますし、出先で無くしてしまうこともあります。
それは最悪な経験です、思い出したくもない最低な経験です。
また、そもそもソレが定まらない人もいます。
最適解でなくてもいいから、誰か案を出してくれと言う人もいます。
この現状を鑑みた私たちは、ソレが当事者の社会進出・復帰にとって重要な公共サービス=公共空間にこそ半永久的に提供・居るべき/設置/上演されるべきものなのではないか?と考えるようになっていきました。
つまりソレが公共空間に存在し続けることで当事者は過度な心配のいらない準備・外出=頻繁な外出/施設利用が可能となり、公共側は当事者を受け入れる姿勢があることをしっかりと表すことで利用者の増加(公共側の当事者理解が進むことでトラブル時に適切で素早い対応が可能となる→トラブルシューティングが早くなり空間/プロトコルの補修スピードが上がる)が見込めるという大変両者=当事者&非当事者にとって有意義な結果を生み出せるのではないか?と考えたのです。
でも何より私たち自身が当事者として社会で、この世界で生きやすくなりたかった、それが本音でしょう。
しかし作業を続けていく中で最適なソレが一体どんな姿なのか、構造(≒プロトコル)であるべきなのかがなかなか見えてきませんでした。
だからこそ私たちは最終的に過去に、歴史に助けを求めたのです。
そして出会ったのは、3人の先人による思考の痕跡でした。
1人目は小説家の谷崎潤一郎、彼がパニック発作を抱えていたことはあまり知られていません。パニック発作とは動悸や冷や汗などの身体症状と共に死への恐怖等心理的パニック状態へと突如陥るというもので、不安症の当事者を中心に大変よく見られます。そんなパニック発作、特に1人で電車や劇場に足を運ぶことでもたらされるパニック発作(このような場合は現代だと広場恐怖症と呼ばれます)と谷崎は若い時分より闘い続けていました。そんな中で彼が考案した対策≒ケアの方法こそが接触であり、電車ならば吊革、劇場ならばパートナーと手をつなぐことで解消を目指したのです。更に私たちは谷崎が人形劇、それも糸操り人形を活用していた形跡を人形劇映画『お伽噺雛祭の夜』から見出しました。本作は谷崎自身がシナリオ執筆と演出に加えてなんと自ら糸操り人形の操演者としても撮影に参加しています。私たちはこの参加≒糸操り人形の操演者としての参加こそが谷崎が人形劇にもケア・ツールとしての側面を見出した結果である、そう考えたのです。
2人目は民俗学者の折口信夫、彼は谷崎が映画の題材とした雛人形・雛祭について大変多くの論考を残しています。中でも折口は人の魂が穢れた(≒多大なるストレスを負った)際に人形へと移し替えてソレを流す〝祓い〟という儀式、その際に使用された人形こそが撫で物≒雛と呼ばれ後に流されることがなくなった結果として雛人形・雛祭へと発展していったと考えました。更に折口はそこに至るまでの道の途中にて分岐的に舞台芸能化した可能性を、人形劇〝ひひな廻し〟から考察しています。
3人目は演劇学研究者の角田一郎、彼は折口のひひな廻しと大変よく似た名称を持つ曲芸師の放下が室町時代に上演していた人形劇〝ヒイナ舞わし〟に着目。主にジャグリング(それも紐を使い物体を空中へと投げる)を主なる演目としていた放下が行っていたという点から角田は、その上演形式を糸操り人形劇だと推察したのです。
以上3人の資料を基にヒナワタでは穢れつまり多大なるストレスを負った際の民間療法的ストレス・ケア、詳細に分類すればセルフ・ケアとしてヒイナ舞わし≒セルフ・ケア・ツールとしての糸操り人形劇が行われていたのではないか?という仮説史を構築しました。
それは原点に『古事記』『日本書紀』における男神イザナキがパートナーの女神イザナミを亡くしたことによる多大なるストレスに耐えきれなくなった結果、連れ帰るべく死後の世界≒黄泉の国へと足を踏み入れたことで穢れを負い、水辺で着ていた衣服を投げ捨て心身を清めよう(≒禊)としたところ、流された衣服から和豆良比能宇斯能神/煩神という神が生まれ出たという日本神話を見出します。
つまり流された衣服の再現(もう1人の自分/服の擬人化としての神が消え去ることでストレスを解消する)として人形を水に流す儀礼(撫で物/雛)があり、その再現として糸操り人形(ユラユラと揺れてしまう根本的な構造)が採用(ひひな廻し/ヒイナ舞わしとして上演)されたのではないか?と考えたのです。
この思考は根源的にこの地に暮らす人々がストレスを接触を通じて対象物へと移行(≒もう1人の自分/拡張された自分を構成)し解消するというフィジェット・トイ的に人形(劇)を活用する方法を考え出していたという仮説史を生み出し、連鎖するように放下とヒイナ舞わしの関係性をも露にします。つまりひひな廻し/ヒイナ舞わしの糸操り人形がジャグリングの演目群の1つとして上演されていた点から激しい動き(空中に投げられる/大きく揺れる・揺さぶられる)を有するものであり、それは放下が現代のジャグリングの演者のように日常的に道具/人形を触ることで身体へと馴染ませる必要性を見出します。つまり放下という当時の一般社会構成員に所属できなかった職業人が自身の抱えるストレスをケアする(接触を通じて)という用途としても、ヒイナ舞わしが活用されていたのではないか?と私たちは考えたのです。
このような思考と議論の末に、ヒイナ舞わしに連なるフィジェット・トイ的な人形劇の活用をまずは現代日本の舞台芸能界隈に呼び戻すべきだと考え『ヒイナ:プロトコル』が誕生したのです。
近年多様なバックボーンを抱える観客でも劇場利用ができるようサポート体制が少しずつ築かれてきた舞台芸能界隈ですが、いまだにパニック発作を抱える不安症や強迫症などの当事者には全くと言っていいほど対策が実行されていません。
ヒナワタでは同じ当事者そして発症に伴い観劇から離れてしまったという経験から今の現状に強い危機感と焦燥感を持ち、少しでも現状が変わるようにとの想いからセルフ・ケア・プロトコル≒フィジェット・パペトリーとして本作を考案しました。本作を通じて更なる当事者へのサポート(出口付近の座席や休憩室の確保等)が実施されていく、そんなファーストペンギンになるよう努めていきます。
そして美術館や博物館や図書館、更には駅や区役所や市役所、スーパーやデパートに至るまで、街のどこにも、まるで普通のことのようにヒイナがそこで人形劇を上演し続ける日が来ることを、私たちは祈っています。
本作に関する更に詳しい論考はこちらの記事にて読むことができます、お時間がある時でも是非お読みください。

『カゲボウシ:プロトコル』
(急な坂スタジオ、2025.12.3‐14)
急な坂スタジオは『ヒナワタ・ショールーム』にて初演。
『カゲボウシ:プロトコル』は他者とのコミュニケーション、特にアイコンタクトを苦手とする不安症(特に社交不安症)を抱える当事者+診察は受けていなくとも同傾向を抱える人々が劇場利用をしやすくなるよう設置されるコミュニケーション・サポート・ツール型人形劇です。
利用者は受付の机上や床に設置されている平面型人形〝カゲボウシ〟を挟んでスタッフと対峙することで、自然に目線が落ちアイコンタクトを避けたコミュニケーションを取ることができます。
《イントロダクション》
作品名になっているカゲボウシ≒〝影法師〟とは元来影、中でも人影を指す古語として使用されてきました。
そんな影法師を神=〝百太夫〟という神の異名として崇めていたのが古来の人形劇集団〝傀儡子〟である、そう論じたのが演劇学研究者の角田一郎(『人形劇の成立に関する研究』)でした。
実際に傀儡子の情報をまとめた大江匡房著『傀儡子記』には「夜は百神を祭りて」という一文があり、この百神が百太夫と同一であると考えられています。
角田は『今鏡』の記述「百太夫と世にはつけてかげぼしなどのごとくあさ夕馴れつかうまつる」を根底に、百太夫もそもそもは影法師つまり人影を示す単語であり同時に神名=人影神の名前であったと論じました。
更に人影が歩行者に付きまとうという側面から、道の神でもあるとも論じたのです。
ヒナワタでは傀儡子のルーツが様々な理由で身分を隠さなくてはならなくなった人々であるという仮説を基に、なぜわざわざ面倒な人形劇を生業の一つに選んだのか?という問いと向き合ってきました。
結果として傀儡子は顔を隠したり視線を人形へと集中させる=操演者を透明化させながらも観客/社会とのコミュニケーションを構築することができる人形劇を、ある種のケア・ツール=コミュニケーション・サポート・ツールとして活用していたのではないか?と仮説を提示しました。
だからこそ角田の仮説を知った時は、実際に自分たちの傾向(他者とアイコンタクトを介したコミュニケーションができない)と鑑みても大変深く頷くものがありました。
そもそも影法師≒人影を見るためには、下を向かなくてなりません。下を向く、つまり視線を下げる姿勢。それは他者とのコミュニケーションを避けるためのポーズであり、同時にどうしても避けることのできないコミュニケーション時に自らを守るための姿勢でもありました。だからこそ傀儡子にとって人影は自分を守ってくれる・他者との間に立ってくれるもう一人の自分=コミュニケーションの潤滑油としての人形であり、それは日本の古来の人形劇における操り人形が薄い形状をしていたことにも(平城京跡出土の側面可動式人形や難波宮跡出土の側面可動式人形等(註一))繋がりを見出せるかもしれません。
以上の考察を基に、現代においてもアイコンタクトが苦手な当事者が少しでもコミュニケーションの潤滑油として活用できるよう平面型の人形を設置作品『カゲボウシ:プロトコル』が考案されました。
まずは劇場関連施設を中心にカゲボウシを配置し、最終的には多くの公共施設への配布を目指しています。
〈註釈〉
一、加納克己『日本操り人形史‐形態変遷・操法技術史‐』八木書店、二〇〇七


特別企画『ヒナワタの読書会』について
(急な坂スタジオ、2025.12.14)
不安症や強迫症、診察を受けていなくとも同傾向を自覚する方々が気軽に集える場所を作りたい。
しかしだからといって、強制的に知らない人たちとのコミュニケーションを押しつけられたくはないもので。
だからそこはとても曖昧で、わざと大変脆く、緩やかな繋がりを作れる場所でなくてはなりません。
そしてそこは非当事者の方々でも気軽に参加できて、当事者理解とケアの必要性を強く感じてもらえる場所にもならなくてはなりません。
そんな思いから考案されたのが、特別企画『ヒナワタの読書会』です。
基本的には無人の読書会であるそこは時間内であればいつ来ても、いつ帰っても全く問題ありません。
お題となる本はどれも当事者の作家が書いたもの、または当事者が題材となっている(明言されていなくとも当事者がそう感じた場合も可)作品をヒナワタが選ばさせていただきます。
参加者は基本的には1人で本と向き合い、抱いた想いがあれば自由に黒板に書き残していただけます。
また発話によるコミュニケーションがしたい方のために、特別ブースをご用意。12月14日のみ劇団員が在席し、カゲボウシを介した会話がお試しできます。
【注意】
『ヒナワタの読書会』にて取り上げる本の中にはパニック発作や辛い症状について、大変詳細に模写してあるものも含まれます。そのため当事者の方々の中には読書を通して辛い気持ちがフラッシュバックしてしまう可能性がありますので、事前に作品の試し読み+ご用意があればお薬等の対応策をお持ちの上で無理のない範囲でご参加ください。
